到津の森公園

名誉園長の部屋 公園だより

3月18日のトークセッションで

 先週土曜日からあべ弘士原画展「地球はどうぶつでいっぱい」を開催していますが、開催初日、あべ弘士と旭川市旭山前園長小菅正夫とのトークセッションをしました。あべも小菅も私も同じ年で敬称をつけて呼び合ったことはないので、この文章も敬称を付けていません。

 さて、午後1時から始まったトークセッションは、延々2時間にも及び、彼らの動物に対する考え方、今の旭川の動物園が出来たいきさつ、彼らが行ったアフリカやアジア、アラスカにまでも話が波及します。いったいいつこのトークセッションは終わるのだろうか。

 そのなかで、彼らは一年中青々とした到津の木々について語ります。「北海道ではすべて葉を落とし、冬に緑の葉を持つ木はないなあ」。北海道の5月、「長い冬を抜け、雪の中に蕗の薹(ふきのとう)が頭を出し、それをきっかけに木々が芽吹き、一斉に花が咲く」。「春が待ち遠しいんだよなあ」。「蝶が出てくれば、捕虫網を持って追っかけるし、蛙やトカゲも出てくる」。「ここの冬はいつや?」。

 確かに、九州全域で考えれば、北海道に比べて気候は温暖で、旭川のように真冬に零下20度になることもなければ、一晩のうちに50センチも雪が積もることもありません。実は日本の中で九州と同じ森林があるのは岐阜までで、それを常緑照葉樹林帯と言います。それ以北(以東)は落葉樹林帯です。ともに温帯ではあるのですが、北海道は亜寒帯です。アジアの東から九州を経て岐阜に至る照葉樹林帯には独特の文化があると中尾佐助や佐々木高明らは言います。しかし、ここでは文化論には触れません。

 北海道の秋は9月、全山紅葉するさまは、喩えようもなく美しい。なにしろ全ての木々が紅葉し、冬を迎える準備をするのですから。九州での紅葉は、常緑の中の紅の際立つ美しさかも知れません。あらら、北海道には長い冬があるというお話しでしたね。北海道の冬は、10月末から4月末までの半年間。この長い冬は、春に対する憧れを増長するでしょう。彼らが熱く語る生き物に対する思いもその表れからも知れません。それに引き替え、一年中緑に溢れかえっている暖かい地方の生き物に対する私たちの思いはどうなのでしょう。一版的に、あくまでも一般的に、たくさんの物に囲まれるとその有難味を忘れるものです。現在の十分すぎる物量は、私たちをして大事にしようとする心を失わせてしまいます。「もったいない運動」は、大量の物品が流通する現代であるからこそではないでしょうか。

 到津遊園時代、北九州は海外からの物品が大量に持ち込まれる港でした。その中にはアジア、アフリカからの品物もあり、船員たちは長い船での生活の慰みに多くの動物を飼い、港に着くと私たちの動物園へ寄付したものでした。到津遊園は、そのようにしていつも動物が来ていました。当時、小型の動物を買った記憶がありません。旭川の動物園ではそのようなことはなかったそうです。一つの動物が手に入ると、どのように繁殖させるのか、どうしたら長生きさせられるのかということばかり考えていたと言います。私たちの動物園では次々に来る動物をどのようにお断りするのかということを考えていました。まあ、ちょっと誇張はしていますが。そのような環境では動物に対する考え方も違ってきます。はっきり言うと私たちは、動物を十分すぎる物のように思っていたのかも知れません。あべや小菅が新しい動物園への構想を持っていたのも、このような環境の違いがあったのだと気づきました。

 温暖な地域に住む私たちは、木々の緑も道端の生き物もすべて当然のように受け止めて生きてきました。それらに対する尊敬の心も大事にしようとする配慮も欠いていたかも知れません。世界で6番目の総延長をもつ日本の海岸線も豊かな海産資源を提供し、その恩恵を私たちは受けてきたのですが、それが沿岸の生物(ラッコも魚も、そしてカワウソも)を獲り尽くすことになったのも、有り余る命に対する配慮を欠いていたからなのでしょうか。しかし、すべての日本人がそうではないことを、長い冬を経験する北海道に住む彼らが証明しています。

 実はヨーロッパの多くの人々も亜寒帯に居住しています。だからこそ、彼らの動物の命に対する考え方が多くの日本人と異なっているのではと思っています。その上、産業革命後に生まれた人々は、ヨーロッパから多くの緑が失われてことを知りませんでしたが、オーストラリアやアメリカ大陸に渡った時に彼らは気づいたのです。豊かな緑を破壊したのは自分たちだったと。開発の波が来れば、豊かな自然を失うのだ。だからこの自然を守るのは我々しかいない。欧米人のヒステリックなまでの自然や動物に対する保護政策は、失ったものへの後悔あるいは生命への尊敬の念に基づくものかも知れません。

 この日本の温暖な気候に住む私たちは、豊かな自然の恩恵を受け続けて来ました。しかし、ヨーロッパの人々があのかつての広大な森林を取り戻せないのと同じように、私たちも日本の豊かさを取り戻せないかも知れません。

 豊かであるからこそ、その豊かさを提供してくれる気候、大地や海を十分に理解する努力が必要なのだろうと思っています。

 あべと小菅のトークセッションは、気づきの場でした。

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